
魅惑のスパイス、アニスの世界
星型の実をつけるセリ科の一年草、アニスはその甘い香りで、古来より人々を魅了してきました。その歴史は古く、数千年前の古代エジプトにまで遡ります。当時、アニスはミイラの防腐処理に用いられていました。死後の世界を重んじるエジプトの人々にとって、アニスの香りは神聖なものと考えられ、永遠の命への祈りを象徴するかのようでした。地中海世界に目を移すと、古代ギリシャやローマの人々はアニスを薬草として珍重していました。食後の消化促進や呼吸器系の不調を和らげる効果があると信じられ、人々の健康を支えてきました。また、その甘い香りは悪霊を退けるとも考えられ、宗教儀式にも欠かせない存在でした。神々への捧げものとして、あるいは神聖な空間を清めるために、アニスの香りは焚き込められていたのです。中世ヨーロッパでは、アニスの効能はさらに広く知れ渡りました。ペストなどの疫病が流行する暗黒時代には、人々はアニスの香りに魔除けの力があると信じ、魔除けの香として焚いたり、身につけたりしました。病魔から身を守るための、人々の切実な願いが込められていたのでしょう。アニスの実を砕いてパン生地に練り込んだり、ワインに浸して薬用酒として飲む習慣も生まれました。現代においても、アニスの独特の風味は世界中で愛されています。フランスの伝統菓子であるアニス入りのビスケットや、ギリシャの蒸留酒ウーゾなど、様々な料理や飲み物にアニスの独特の甘みが加えられています。数千年の時を超えて、アニスの香りは人々の生活に寄り添い、文化を彩り続けているのです。