伝統技法

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日本酒

伝統の技、生酛造り:日本酒の深淵に触れる

生酛(きもと)とは、日本酒を作る上で欠かせない酒母(しゅぼ)というものの種類の一つです。酒母とは、お酒作りに使う酵母を純粋培養して増やすための大切な環境のことを指します。生酛造りと速醸酛(そくじょうもと)造りという二つの作り方がある中で、生酛造りは自然界にある乳酸菌の力を使って作られます。一方、速醸酛造りは人工的に乳酸を加える点が大きな違いです。生酛造りは、空気中を漂う乳酸菌を取り込み、自然に発酵させることで乳酸を作ります。この乳酸が、他の雑菌が増えるのを抑え、酵母が元気に育つための環境を整えてくれるのです。自然の力をうまく利用したこの方法は、古くから伝わる日本酒造りの伝統的な技法として大切に受け継がれてきました。生酛造りは、手間暇がかかりますが、その分、他にはない独特の風味と奥深い味わいを生み出すことができます。自然の乳酸菌が作り出す複雑な香りと味わいは、まさに生酛ならではの魅力と言えるでしょう。現在では、より早く効率的に作れる速醸酛が主流となっています。しかし、生酛造りは日本酒の歴史や奥深さを知る上で、そして日本酒本来の味わいを楽しむ上で、なくてはならない製法です。古くからの伝統を守りながら、手間暇かけて作られる生酛の日本酒は、独特の酸味と複雑な味わいが特徴で、日本酒好きを魅了し続けています。
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忘れられた技:酒母四段仕込み

日本酒造りにおいて、かつて複雑で奥深い味わいを生み出すために用いられた技法に「酒母四段」があります。今ではほとんど見られなくなった、この伝統的な手法は、その名の通り、酒母を四段階に分けて醪(もろみ)に添加していくところに特徴があります。通常の酒造りでは、酵母を培養して作った酒母を一度に醪に加えて発酵を進めます。しかし、酒母四段では、まず少量の酒母を醪に加え、じっくりと時間をかけて発酵を促します。そして、発酵の状態を見極めながら、二段目、三段目、四段目と、段階的に酒母を添加していくのです。この手法の利点は、醪の発酵を穏やかに、そして緻密に制御できる点にあります。一度に大量の酒母を加えると、発酵が急激に進み、味わいが単調になりやすい一方、酒母四段では、ゆっくりと時間をかけて発酵を進めることで、複雑な香味成分がじっくりと醸し出されます。例えるならば、一気に火力を上げて調理するのではなく、弱火でじっくりと煮込むことで、素材の旨味を最大限に引き出すようなものです。しかし、この酒母四段は、非常に手間と時間がかかる技法です。醪の状態を常に注意深く観察し、最適なタイミングで酒母を追加していく必要があり、熟練の杜氏の経験と技術が欠かせません。また、現代の酒造りでは、効率性と安定性を重視するため、このような時間と手間のかかる手法は敬遠されがちです。そのため、酒母四段は、今では幻の技法となりつつあります。酒母四段で仕込まれた酒は、現代の酒とは一線を画す、独特の風味を有していたと言われています。穏やかながらも複雑で奥深い味わいは、まさに匠の技が生み出した芸術品と言えるでしょう。現代の効率重視の酒造りでは再現が難しい、その味わいを、今改めて知る術があればと願うばかりです。