合成清酒

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リキュール

合成清酒:歴史と現状

合成清酒は、その名前が示す通り、日本酒と似た風味を持つお酒ですが、米を発酵させて作る日本酒とは全く異なる方法で作られています。大正14年、すなわち1925年に理化学研究所で生まれました。当時の日本は深刻な米不足に陥っており、国民の主食である米を酒造りに使うことに対する批判の声が高まっていました。人々の大切な食料である米を酒造りに使用するのはいかがなものか、というわけです。そこで、米を使わずに日本酒に似たお酒を作ろうという研究開発が進められ、その結果、合成清酒が誕生したのです。これは、アルコールに日本酒や糖類、アミノ酸などを加えることで、日本酒に近い味と香りを再現したものでした。具体的には、まず醸造アルコールをベースとして、そこに甘みを与えるための糖類、うまみとコクを出すためアミノ酸、そして日本酒特有の香りを出すための有機酸や香料などを加えます。さらに、日本酒らしいまろやかさを出すために、グリセリンや有機酸エステルなども加えられる場合がありました。これらの成分を絶妙なバランスで配合することで、米を使わずとも日本酒に近い風味を実現していたのです。当時の技術としては非常に画期的なもので、米不足という社会問題の解決策として大きな期待が寄せられました。合成清酒の登場により、米の使用量を削減しつつ、人々がお酒を楽しむことができるようになったのです。これは、食料問題解決への一つの貢献と言えるでしょう。しかし、後に米の生産量が回復するとともに、合成清酒は徐々に姿を消していきました。現在では、ほとんど製造されておらず、幻のお酒となっています。当時の時代背景と社会状況を反映した、歴史の一幕を物語るお酒と言えるでしょう。
日本酒

三増酒:歴史と現状

終戦後まもない日本では、食糧事情が大変厳しく、国民の主食である米は大変貴重なものとなっていました。人々の食卓に米を届けることが最優先され、酒造りに回せる米はごくわずかしかありませんでした。このままではお酒が造れなくなってしまう、そんな危機感を背景に、少ない米でより多くのお酒を造る方法が模索されました。そして、ついに考え出されたのが、三倍増醸酒、略して三増酒と呼ばれるお酒です。三増酒とは、通常のお酒の元になる酒母に、水と醸造アルコールを混ぜて量を増やすことで造られます。水とアルコールで薄まってしまった味わいを整えるため、糖類や有機酸なども加えられました。名前の由来は、もとの仕込みに対して、だいたい三倍の量に増やして造られたことにあります。当時の醸造技術では、米が少なくても、水と醸造アルコール、そして糖類や有機酸などを加えることで、大量のお酒を造ることが可能となりました。しかし、独特の風味や香りを持つ本来のお酒とは異なる味わいになってしまったのも事実です。三増酒は、戦後の米不足という厳しい時代において、多くの人々にお酒を届けるという重要な役割を果たしました。人々は、この新しいお酒を口にすることで、つかの間の安らぎを得て、明日への活力を得ていたのかもしれません。限られた資源の中で工夫を凝らし、困難な時代を乗り越えようとした、当時の日本の醸造技術の象徴とも言えるでしょう。やがて日本経済が復興し、米の生産量が増えるにつれて、三増酒は姿を消していきました。今では、日本酒の歴史の一幕として、その名を残しています。