生酛系酒母

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日本酒

菩提酛:日本酒の歴史を支えた醸造技術

お酒作りにおいて、お酒のもととなる酒母造りは、とても大切な工程です。酒母とは、お酒作りに欠かせない酵母を育てるための最初の段階のことを指します。数ある酒母造りの方法の中でも、菩提酛は歴史ある伝統的な製法である生酛系酒母の代表格です。菩提酛は、今からおよそ七百年ほど前、室町時代の初期にあたる十四世紀頃に、奈良県の菩提山正暦寺というお寺で生まれたと言われています。当時のお酒造りは、気温や湿度の影響を受けやすく、特に夏の暑さの中では雑菌が繁殖しやすく、お酒が腐敗してしまうことが大きな課題でした。そんな中、菩提酛は高温多湿な環境の中でも雑菌の繁殖を抑え、安定してお酒のもとを作ることができる画期的な方法として誕生したのです。菩提酛の最大の特徴は、自然界に存在する乳酸菌の力を借りて雑菌の繁殖を防ぐという点にあります。まず、蒸した米と麹、そして水を混ぜ合わせた酛桶の中に、空気中を漂う自然の乳酸菌を取り込みます。乳酸菌は乳酸を生成することで、酛桶の中を酸性に保ち、雑菌が繁殖しにくい環境を作り出します。この工程は「山卸(やまおろし)」と呼ばれ、重労働としても知られています。乳酸菌が十分に増殖した後は、酵母が活動しやすい環境へと変化し、そこで初めて酵母を加えて育てていきます。このようにして作られた菩提酛は、独特の深い味わいと複雑な香りを生み出します。現代では、温度管理技術や衛生管理技術の進歩により、様々な酒母造りの方法が確立されています。しかし、手間暇かけて作られる菩提酛は、今もなお多くの蔵元で受け継がれ、日本酒の歴史と伝統を語る上で欠かせない存在となっています。菩提酛で醸されたお酒は、他の製法のお酒とは一線を画す奥深い風味を堪能することができます。ぜひ一度、その味わいを確かめてみてください。
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酒造りに欠かせない硝酸還元菌の役割

日本酒は、米と水、麹と酵母という限られた材料から、驚くほど複雑で奥深い味わいを醸し出す、我が国の伝統的なお酒です。その独特の風味は、微生物の繊細な働きによって生み出されます。中でも近年、酒造りの現場で注目を集めているのが「硝酸還元菌」です。硝酸還元菌は、土壌や水の中に広く存在する微生物で、名前の通り硝酸を還元する働きを持ちます。酒造りにおいては、原料となる水や米に付着した硝酸還元菌が醪(もろみ)に入り込み、そこで活動を始めます。醪の中では、酵母が糖を分解してアルコールと炭酸ガスを生成しますが、同時に様々な副産物も生み出します。硝酸還元菌は、これらの副産物の一部である硝酸を亜硝酸に還元します。この亜硝酸は、その後、様々な化合物と反応し、日本酒の香りに悪影響を与えるエチルカルバメート(ウレタン)という物質を生成する原因となることがあります。ウレタンは、発がん性物質として知られており、食品衛生法でその含有量が規制されています。そのため、酒造りの現場では、ウレタンの生成を抑制するために、硝酸還元菌の活動を制御することが重要となります。具体的には、原料処理の段階で硝酸還元菌の混入を防ぐとともに、醪の温度や酸度を適切に管理することで、硝酸還元菌の増殖を抑制する工夫が凝らされています。しかし、硝酸還元菌の働きが全て悪いわけではありません。ある種の硝酸還元菌は、醪の中で生成される有害な過酸化水素を分解する働きを持つことが知られています。過酸化水素は、酵母の働きを阻害する物質であり、その除去は日本酒の品質向上に繋がります。このように、硝酸還元菌は日本酒の品質にプラスにもマイナスにも働く可能性を秘めた微生物と言えるでしょう。今後の研究によって、硝酸還元菌の働きがさらに解明され、より高品質な日本酒造りに役立てられることが期待されています。
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酒母の役割:日本酒醸造の要

お酒造りの最初の段階で、酵母を育てるための特別な場所のことを酒母と言います。これは例えるなら、植物を育てるための畑のようなもので、お酒の風味や香りを左右する酵母を育てるための大切な土壌です。お酒の味は、この酵母によって大きく変わるため、酒母造りはお酒造りの最初の、そして最も重要な工程と言えるでしょう。酒母造りに必要な材料は、蒸した米、米麹、そして水です。材料自体はシンプルですが、その製造過程は非常に繊細で、蔵元の経験と技術が試されます。温度管理や材料の配合など、わずかな違いが最終的なお酒の味に影響を与えるため、長年の経験で培われた技術と勘が重要になります。酒母の役割は、単に酵母を育てるだけではありません。酒母の中では、乳酸菌も同時に育てられます。この乳酸菌が作り出す乳酸は、雑菌の繁殖を抑える働きがあり、酵母が健全に育つための環境を整えます。まるで酵母を守る盾のように、乳酸は他の菌の侵入を防ぎ、清浄な発酵環境を保つのです。こうして育てられた酵母は、次の工程である醪(もろみ)造りへと進みます。醪とは、米、米麹、水に、この酒母を加えて発酵させたもので、最終的にお酒になるものです。つまり酒母は、酵母を育て、醪の健全な発酵を助けるという二つの大きな役割を担い、美味しいお酒造りに欠かせない存在なのです。この繊細な工程を経て作られる酒母こそが、日本酒の多様な味わいを生み出す源と言えるでしょう。
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日本酒と乳酸菌の密接な関係

日本酒造りにおいて、乳酸菌は欠かせない存在です。日本酒独特の風味や品質を左右する上で、乳酸菌が重要な役割を担っています。特に、古くから伝わる「生酛系酒母」という酒母造りの方法では、乳酸菌の働きが特に重要になります。酒母とは、お酒のもととなる酵母をたくさん増やすための、いわば種のようなものです。日本酒造りの最初の段階で、この酒母を造ります。生酛系酒母造りでは、蒸した米と水を混ぜ、そこに自然に存在する乳酸菌が繁殖するように環境を整えます。乳酸菌は、米に含まれる糖分を分解して乳酸を作り出します。この乳酸によって、酒母は酸性になります。この酸性の環境こそが、他の雑菌の繁殖を防ぐ鍵となります。お酒造りには、酵母以外にも様々な種類の菌が存在しますが、これらの菌が増殖してしまうと、日本酒の品質が落ちてしまうばかりか、腐敗してしまうこともあります。乳酸菌が作り出す酸性の環境は、雑菌の繁殖を抑え、酵母が安全に増殖できる環境を保つ上で、非常に重要な役割を果たしているのです。生酛系酒母造りは、自然界に存在する乳酸菌の力を利用するため、手間と時間がかかります。しかし、この伝統的な方法によって、複雑で奥深い味わいの日本酒が生まれるのです。人工的に乳酸を添加する方法に比べて、自然の乳酸菌がゆっくりと時間をかけて酸性化していくことで、よりまろやかで深みのある味わいが生まれます。このように、小さな生き物である乳酸菌は、日本酒造りにおいて、雑菌の繁殖を防ぎ、酵母の生育を助け、独特の風味を生み出すという、大きな役割を担っています。生酛造りは、まさに自然の恵みと人の知恵が融合した、伝統的な酒造りの技と言えるでしょう。