
奥深い生酛系酒母の味わい
酒造りの世界において、自然の力を借りて醸す生酛(きもと)造りは、日本の伝統的な技法です。酛とは、酒の母という意味で、酵母を育て増やすための重要な工程を指します。生酛造りは、この工程で自然界に存在する乳酸菌を取り込み、じっくりと時間をかけて酒母を育てていく手法です。人工的に乳酸を加える速醸酛(そくじょうもと)とは異なり、生酛造りは自然の乳酸菌の働きによって生まれる複雑な酸味と深い味わいが特徴です。蔵の中に蒸米、米麹、そして水を仕込み、櫂入れという作業で丁寧に混ぜ合わせます。この時、蔵に棲み着く微生物が自然と混ざり込み、ゆっくりと発酵が始まります。人工的に乳酸菌を加えないため、乳酸発酵が安定するまでには長い時間と手間がかかります。しかし、この時間と手間こそが生酛造りの奥深さを生み出します。自然の乳酸菌は、ゆっくりと時間をかけて米の糖分を分解し、独特の酸味と複雑な香りを生み出します。さらに、酵母が糖分をアルコールに変える過程でも、複雑な香味成分が生まれます。自然の微生物の力と蔵人たちの丁寧な仕事が、生酛造りの酒に独特の風味とコクを与えます。生酛造りは自然環境や蔵に住み着いた酵母の影響を強く受けるため、それぞれの蔵で異なる味わいが生まれるのも大きな魅力です。同じ蔵でも、季節や気温、湿度などによって微妙に味わいが変化するため、まさに一期一会の酒とも言えます。手間暇がかかる製法ではありますが、その奥深い味わいは、日本酒を愛する人々を惹きつけ、多くの蔵で今もなお受け継がれている、日本の酒造りの大切な文化の一つです。