行火法

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日本酒

行火:酒造りの温度管理の秘密

お酒造りの最初の段階である酒母造りは、お酒の味わいを決める大切な工程です。酒母とは、お酒のもととなる酵母を純粋培養して増殖させたもので、いわばお酒の種のようなものです。この酒母の出来が、最終的なお酒の質を左右すると言っても過言ではありません。酒母造りにおいて、特に重要なのが温度管理です。酵母は生き物ですから、その生育には適切な温度が求められます。温度が高すぎると雑菌が繁殖し、低すぎると酵母の活動が弱まってしまいます。そこで、昔ながらの酒蔵では「行火(あんか)」と呼ばれる伝統的な温度管理技法が用いられてきました。行火とは、炭火や湯を用いて酒母を温める方法です。昔は電気式の温度調節機器などはありませんでしたから、蔵人たちは経験と勘を頼りに、火の加減を調整し、最適な温度を維持していたのです。行火は、単に酒母を温めるだけでなく、蔵全体の温度や湿度も調整する役割も担っていました。そのため、行火の管理は熟練の蔵人にしかできない、高度な技術だったのです。行火には、炭火を使う方法と湯を使う方法があります。炭火を使う場合は、火鉢に炭を入れ、その熱で酒母を温めます。湯を使う場合は、湯を張った桶に酒母の入った容器を浸して温めます。いずれの方法も、火加減や湯加減を細かく調整することで、酒母の温度を微妙にコントロールする高い技術が求められました。現代では、温度管理に電気式の機器が用いられるようになり、行火を使う酒蔵は少なくなってきました。しかし、行火によって醸されるお酒には、独特の風味と奥深さがあるとされ、今もなお行火にこだわる蔵元も存在します。行火は、日本の伝統的な酒造りの技術と文化を伝える、貴重な財産と言えるでしょう。