酒造用水

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日本酒

名水、宮水と日本酒

今からおよそ二百年前、江戸時代後期の天保年間(1840年頃)、灘五郷と呼ばれる兵庫県南東部の地域は、酒造りが盛んな土地として知られていました。しかし、当時の酒造りは天候に左右されやすく、品質を保つのが難しいものでした。そんな中、灘五郷の一角、西宮郷の酒造家、山邑太左衛門は、酒の品質向上を目指し、良質な水を求めて来る日も来る日も奔走していました。西宮の土地は、六甲山系から流れ出る伏流水に恵まれていましたが、場所によって水の性質は異なっていました。山邑太左衛門は、様々な場所の水を試し、酒を仕込んではその出来栄えを確かめるという作業を繰り返しました。そしてついに、西宮市沿岸部の特定の地域で湧き出る水で仕込んだ酒が、他の水とは比べ物にならないほど芳醇でまろやかな味わいになることを発見しました。これが世に言う「宮水」の発見です。宮水は、酒造りに最適な硬度とミネラルバランスを備えていました。特に、カルシウムとカリウムの含有量が絶妙で、酵母の生育を促し、雑菌の繁殖を抑える効果がありました。この発見により、灘の酒は飛躍的に品質が向上し、全国にその名を知られるようになりました。宮水は、灘の酒造りに革命をもたらしただけでなく、日本酒全体の品質向上にも大きく貢献したと言えるでしょう。現在、宮水は西宮市内の「宮水井戸」と呼ばれる共同井戸から汲み上げられ、灘五郷の多くの蔵元で使用されています。また、宮水の発見の地とされる「梅の木井戸」は、西宮市によって大切に保存されており、当時の様子を今に伝えています。訪れる人は、山邑太左衛門の功績に思いを馳せ、日本酒の歴史に触れることができます。
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酒造りに欠かせない水:軟水の秘密

お酒造りには、お米と同じくらい水が大切です。お酒造りに使われる水の硬度は、お酒の味や香りに大きく影響します。水の硬度は、水に含まれるカルシウムやマグネシウムなどのミネラルの量で決まります。世界保健機関では、カルシウムや炭酸カルシウムの含有量が60ppm以下の水を軟水としていますが、お酒造りの世界では、もっと細かい分け方をしています。国税庁が定めたお酒造りに適した水の分類では、軟水、中軟水、軽硬水、中硬水、硬水、高硬水と、六つの種類に分けられています。これは、世界保健機関の基準とは異なり、お酒造りにおける水の役割をより深く理解するために考えられたものです。軟水は、ミネラルが少ないため、口当たりがまろやかで、すっきりとした味わいのお酒になります。特に、吟醸酒や大吟醸酒のような繊細な香りを重視するお酒には、軟水が欠かせません。軟水を使うことで、お米の持つ繊細な甘みや旨味を引き出し、華やかな香りを際立たせることができます。逆に、硬水はミネラルが多いため、コクのあるしっかりとした味わいのお酒になります。例えば、日本酒の種類によっては、硬水を使うことで、力強い味わいや複雑な香りを出すことができます。また、ビール造りにおいても、硬水は重要な役割を果たします。ロンドンなど硬水地域で作られる上面発酵ビールは、すっきりとした苦みが特徴で、硬水がその味わいを生み出しています。このように、一口に軟水と言っても、実は様々な種類があり、それぞれのお酒の種類によって最適な水の硬さが異なります。お酒造りは、お米と水、そして蔵人の技が織りなす芸術であり、水はその中でも特に重要な役割を担っていると言えるでしょう。
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酒造りの水:マンガンの影響

お酒造りにおいて、水は米と同様に欠かせないものです。仕込み水としてだけでなく、米を洗ったり、蒸したり、冷ましたりと、様々な場面で使われます。お酒の約八割は水でできているため、水の良し悪しはお酒の味に大きく影響します。お酒造りに適した水は、硬水よりも軟水です。硬水に含まれるカルシウムやマグネシウムといった成分は、麹の働きを弱めたり、発酵の進みを遅くしたりすることがあります。また、鉄やマンガンなども、お酒の味や色に良くない影響を与えることがあります。そのため、お酒蔵では水の検査を行い、必要に応じて濾過などの処理を行い、お酒造りに最適な水質を保つよう努めています。美味しいお酒を造るには、蔵に住み着く微生物との付き合いも大切です。仕込み水には、それぞれの蔵が長年培ってきた経験と技術が生かされています。蔵独自の微生物の働きを調整し、理想的な発酵に導くための工夫が凝らされているのです。例えば、硬度が高い水を軟水化したり、特定のミネラル成分を添加したりすることで、その蔵ならではの味わいを作り出しています。有名な酒どころには、良質な水源があることが多いです。例えば、兵庫県灘五郷は「宮水」と呼ばれる硬水で知られています。宮水は、発酵を促し、独特の風味を持つお酒を生み出します。一方、京都の伏見は、軟水で有名な地域です。伏見の軟水は、まろやかで繊細な味わいの酒造りに適しています。このように、水質の違いはお酒の個性を大きく左右します。それぞれの土地の水が、それぞれの土地ならではのお酒を生み出しているのです。お酒造りの水へのこだわりは、まさにお酒造りの繊細さと奥深さを象徴していると言えるでしょう。