
吟醸造りの秘訣:限定吸水
美味しいお酒は、一粒の米から始まります。その最初の工程こそが吸水です。蒸米を作る前の乾いた白米に、じっくりと水を吸わせるこの作業は、お酒造りの土台を築く重要な役割を担っています。吸水の目的は、蒸米を均一に、ふっくらと蒸し上げることにあります。お米は、中心部までしっかりと水分を含んでいないと、蒸しても熱が均等に伝わらず、芯が残ってしまいます。芯が残った米粒では、麹菌が十分に生育することができず、お酒の香味にも悪影響を及ぼします。反対に、水を吸わせすぎた米粒は柔らかくなりすぎて、蒸す際に割れて崩れてしまうことがあります。砕けた米粒からは、デンプンが溶け出し、これがお酒の雑味の原因となるのです。理想的な吸水状態とは、米粒の中心まで水が浸透し、程よい硬さを保っている状態です。指で軽く押すと、弾力がありつつも、力を加えると潰れる程度の硬さが目安です。しかし、最適な吸水時間は、米の品種や産地、新米か古米か、さらには季節や気温、湿度によっても変化します。例えば、気温が高い夏場は短時間で水を吸いやすい一方、冬場は吸水に時間がかかります。また、新米は古米に比べて吸水速度が速いため、注意が必要です。そのため、酒造りの職人は、長年の経験と研ぎ澄まされた感覚を頼りに、最適な吸水時間を見極めます。その日の気温や湿度を肌で感じ、米の状態を指先で確かめながら、最適な吸水時間を探り当てます。まさに、匠の技と勘が光る繊細な作業と言えるでしょう。美味しいお酒は、この最初の、吸水という工程から既に始まっているのです。